「いまの選択がベスト」〜ケアマネさんの言葉〜

一週間ぶりの面会、その前に

あれからちょうど一週間、母に会いに行く日が来た。
今回は面会の前に、施設のケアマネさんとの面談を入れておいた。

施設のケアマネさんと顔を合わせるのは、入所のとき以来だ。
在宅介護のときと違って、ショートステイの日程調整みたいな細かいやり取りがない分、ケアマネさんとの連絡は極端に減っていた。

実は、それまでにも家族として施設に言いたいことは、いろいろあった。
何度かケアマネさんに連絡しようと思ったこともある。

——だけど、お願いしたところで対応してもらえないだろう、というあきらめが、いつも先に立っていた。

変に要望を出して、母への対応がより冷たくなったら、それこそかわいそうだ。
そんな思いもあって、結局、いままでケアマネさんへの連絡ができなかった。

ただ今回ばかりは違う。
毎日の排泄介助のことだから、これはちゃんと言わないと、と思ったのだ。

「家族のような手厚い介護は難しいんです」

面談室に通されると、ひんやりとした空気が肌に伝わってきた。
窓から差し込む午後の光が、机の上にやわらかい影を落としている。
言い出す前から、手のひらにじんわりと汗がにじんでいた。

少ししてからケアマネさんが入ってきた。

穏やかな雰囲気の男性で、歳は、たぶん私と同じくらいか、少し上。
話し方がとても柔らかくて、言葉選びも慎重で、この道のベテランといった風情がにじむ。

まずは、施設での母の様子を聞いてみる。

ご飯は普通食。だけど気が散って食べるのをやめてしまうことが多々あるそうだ。
それでも食事介助をすればちゃんと完食する。

関節のこわばりをやわらげるリハビリはしている。
それでも、止めることはできないんだろうな。

——ああ、想像していた通りの母の姿だった。

私は本題を切り出すことにした。

「先日、たまたま母の排泄介助に立ち会うことがありまして……
私も自宅では排泄介助をしていたので、少しお手伝いさせていただきました」

ケアマネさんはうなずきながら聞いてくれる。

「やってみて、本当に大変なのは充分わかっているんです。私も30分くらいかかってしまって、汗だくで……
ヘルパーの皆さんには、心から感謝しています」

ケアマネさんは言葉を遮ることなく、静かに聞いてくれている。

「ただ、母は認知症ですので、いきなりだと理解できなくて、緊張してしまうみたいで。
もうちょっと声をかけていただけると、少しは安心するかも、と思って——」

ケアマネさんは、ゆっくりうなずきながら、こう返してくれた。

「実は、私も母を施設に預けていた経験があるので、要望をなかなか言いづらいお気持ち、本当によくわかります。
ただ、そこは遠慮せず、感じたことはどんどん言うようにしてください。
遠慮する必要はないんですよ。
そのうえで、こちらは無理なことだったら、無理だとお返事しますので」

そして、柔らかな表情のまま、ケアマネさんはきっぱりとした口調でこう続けた。

「排泄介助では、もちろんお声掛けはするようにしています。
ただそれを、いつも全員に徹底できるかというと、そこは正直……、
やっぱり——家族のような手厚い介護は、難しいんです。
そしてそれは、どこの施設に行っても同じだと思います」

——やっぱり、そういう答えになるんだろうな、と私は思った。

「家族のように」は、家族にしかできない

排泄介助だって、着替えだって、車椅子への移乗だって、やってみると本当に大変だ。
手早く上手くやろうと思えば技術が必要で、それなりの訓練が要る。
相手が認知症となれば、より高いコミュニケーションスキルも必要になる。

そんな凄腕人材ばかりを集めて、「私のお母さんを手厚く介護してくれ——」なんてことは、
きっと、絶対に無理なのだ。

それでも、ケアマネさんが言ってくれた

「遠慮せず、感じたことはどんどん言うようにしてください」

——その言葉が、心に響いた。

私が口にしたのは「排泄介助の声かけ」のことだけ。
でも、ケアマネさんはたぶん、その奥にある私の気持ちを察したのだろう。
母をもっと手厚く介護してほしい、っていう娘としての気持ちを。

だから「家族のような手厚い介護は難しい」っていう言葉になった。

——やり手のケアマネさんなんだな。

そう感じられた瞬間、いろんな気持ちが溢れてきた。

ぽろっとこぼれた涙

「胃瘻や静脈点滴は、考えていないんです。
食事ができなくなったらもう終わりだ、というのが、認知症になる前からの母の希望なので……」

母の意向だけは、はっきり伝えておきたかった。
——施設側にとっても、ご家族の意向を事前に確認できるのは、大事なことなのかもしれない。
ケアマネさんが少しホッとしているのが、表情からわかった。

「けど……、本当はこうなる前に、もっと何かできたんじゃないかって、思うんです。
施設にお願いせざるを得なくなったことに、正直、罪悪感もあって……」

言葉にした瞬間、自分でも驚くほど胸の奥が熱くなった。
——ああ、本当はずっと、誰かにこの気持ちを聞いてほしかったのかもしれない。

母はずっと、家族のために頑張ってきた。
それなのに、最期の最期で、母の好きなように過ごさせてあげられない。
排泄介助に緊張する母、ひとりぼっちで過ごす母を見ていると、なんとかしてあげたいと思う。
だけど、私一人ですべての不安を取り除くなんて、できない。

——ごめんね、お母さん。私、何もできなくて、本当にごめんね。

そう涙ぐむ私に、ケアマネさんは優しく、それでいてきっぱりと言い切った。

「いまの選択が、ベストなんですよ」

——え、と顔を上げた私に、ケアマネさんはもう一度、ゆっくり繰り返した。

「いまの選択がベストです。そう思ってください。
もちろん、ああすれば良かった、こうすれば良かったって後悔は、消えないと思います。
それでも、いろいろ制約がある中で考えて決めた、いまの選択がベストなんです」

たくさんの後悔がある。
ああすれば良かった、こうすれば良かったと思わなかった日はない。
だけど「いまの選択がベスト」というその言葉に、私は少しだけ救われた。

母のお気に入りの写真

少し気持ちが落ち着いてきたところで、もうひとつ思い出した。

「あ、それと、実は母のお気に入りの写真を持ってきていたんですけど、見当たらなくて……」

少し前、実家で母の同窓会の集合写真を見つけたので、施設に持ってきた。
まだ60代だった母が、同い年の仲間たちと笑顔で写っている。

きっと、とても楽しい同窓会だったんだろう。
このたった1枚の写真をじっと見つめて、時折、ふふっと笑ってくれることがあった。
だから帰り際にその写真を広げて置いていったのに、最近、見当たらない。

「どこかに紛れているだけだと思うんですけど、名前は書いてありますので、
もしどこかで見かけたら、教えていただきたくて。母のお気に入りの写真なので」

ケアマネさんは「現場にすぐ確認しておきますね」と、その場で職員に連絡を取ってくれた。
しばらくして、戻ってきた答えはこうだった。

「片付けの時に、車椅子の後ろのポケットに入れたそうです。
面会の時に確認してみてください」

涙も流せたし、写真の行方もわかった——気持ちをほぐすのが上手なケアマネさんのおかげで、
なんだか少しお腹が空いてきた。

「母との面会まで時間があるので、カフェテリアでお昼を食べてきます」
「ええ、まずは美味しいものを食べて気分転換してください」

ケアマネさんは柔らかな笑顔で送り出してくれた。

「つなぎ」の施設で

カフェテリアで日替わりランチを食べながら、これからのことを考えた。

いま入所している老人保健施設は、終の住処にはならない。
ここは本来、自宅介護に復帰することを目指すリハビリ施設だ。
「特別養護老人ホーム待機中」——略して「特養」待ち——という名目で、
入所期間を延ばしてもらっているだけ。
いわば「つなぎ」の施設だ。

特養に移ったら、そこが母の終の住処になるだろう。
だから待機中のいまのうちに、もっといろんな特養を見学しておこう。

実はこの施設を選んだのは、時間にも心にも余裕がない中で、ほとんどヘルパーさんのオススメだけで決めてしまったようなものだった。
もっといろんな施設を見学して、比較すれば良かったのではないか——という後悔は、ずっとある。

ケアマネさんは言っていた。
家族のような手厚い介護は難しい、それはどこの施設に行っても同じだ、と。

——それでも、自分でちゃんと納得して選べば、「もっとちゃんとしてあげれば良かった」っていう罪悪感は、少しは薄れるかもしれない。

完璧な介護なんて、ない。
後悔がなくなることも、きっとない。

だけど、いまの私にできることの中で、ちゃんと選んでいく。
たとえ後悔が消えなくても、選んだいまが、私たちにとってのベストな選択なのだから。